|
|
父が山口市出身という事もあり出張が中国地方の時は時間を見つけて山口に立ち寄った
ガイドブックを手に萩の街を散策した我が国でも最も古い美しさを留めてる城下町と言える
かつて五層の天守閣のそびえていた萩城はいま その石垣を残すにすぎない しかし背後に小高い丘を背負って整然と区切られた城壁の線が前面に横たわる堀端と相まって在りし昔を十分思い出させてくれそうだ私はガイドブックを見ながらそこに残る長屋門やゆったりと波を打つように続いている土塀などの間にいかにも武家の屋敷らしい門構えを見つけた
「これが蛤御門の戦いに責任をとって自決を命じられた福原越後の家だと知る」「村田清風と政策を争ってその辣腕をふるった坪井九右衛門の家はここだったのか」などという感慨にふけった。
高杉晋作の家 桂小五郎の家その付近には青木周蔵も住んでいたというが そうした歴史に残る人々の家 これも昔の姿を留めていてそこそこに散在している長州藩数学の府であった
明倫館は今は小学校の敷地となりわずかに武芸道場であった有備館の建物を残すにすぎないが ここもまた三々五々と肩をつらねて通学した武士達の幻影を見るような気がした。
忘れてならないのは松下村塾である品川弥二郎、伊藤博文、山縣有朋など明治維新に活躍した著名人も山口出身なのである。萩は江戸、明治の匂いの残る美しい街なのだ。
|
|