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庄司直之と申します。『古楽ポリフォニックひとりごと』に投稿されていた伊藤聖子さんと同じく中学時代の同窓生です。3年生の時には同じクラスで、わたしは小島さんのすぐ前の席に座っていました。
昨年4月の同窓会のクラス幹事をやらせて頂きましたが、手術を終えて出席してくれたんですね。「皆さんどんな顔になっているのか...楽しみですね!」と記された出席のハガキを頂いたのはかなり早かった筈...と思い昨年の資料を引っ張り出したところ、消印が3月5日付になっていました。手術前にこの返事を認め、ご家族に託されたのかと推察します。
返信の期限を過ぎてもも多くの同窓生からハガキが集まらずやきもきする中、「演奏活動や指導者として忙しいだろうに、判断と行動が早いのは変わらないなぁ」と間抜けなことを考えていたのですが。
『お別れの会』でお父様の話を伺い、闘病生活はとても生易しいものではなかったご様子。
手術後のつらい体調の中、同窓会ではそんな風をまったく見せることなく中学時代と変わらぬ笑顔で皆と会話をしていました。わたしも海外赴任から帰国直後、たまたま手にした雑誌で演奏会があることを知り早速聴きに行ったことなど話をさせてもらいました。(まさに今回の『お別れの会』の会場での演奏でした。確か96年夏か秋だったと記憶しています。)
同窓会は昨年4月26日だったのですが、小島さんの誕生日だったんですね...今気が付きました。
それから2ヵ月後の浜離宮朝日ホールでの演奏会は、中学時代の友人や家内と一緒に聴きに行きました。是非聴きに行きますとメールでお知らせしたところ、一番前の席を用意してくれ、じっくりと楽しませていただきました。元気な姿と素晴らしい演奏で、病気が進行しているとはまったく思いもよりませんでした。
その演奏会の後、メールを頂きました。最後に、
『またよろしかったらときどき聴きに来てやってくださいませ。
ほんとうに、感謝してます。
それでは、みなさん体に気をつけて、お元気で!』とありました。
ご主人のご挨拶から、妙にあっけらかんとしつつもいつも抜群の理解力をもって真正面から物事を見て、時に不合理なことに憤り、あらゆる動植物、自然に注意を払っていた、ビートルズと手塚治虫好きの中学の頃の小島さんが思い出されました。
このような心のこもった『お別れの会』に参列することができたこと大変ありがたく思います。
こんなにも才能ある素晴らしい演奏家・クラスメートを、なぜこんなに早く失わなければならないのか悔しく悲しい限りです。
ご家族のご心中をお察しするに、言葉もありません。
こころよりご冥福をお祈りします。
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