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全22件の内、新着の記事から20件ずつ表示します。 1  2  |  《前のページ |  次のページ》 

ドメイン譲渡依頼

 投稿者:永井裕一  投稿日:2009年 5月30日(土)23時48分54秒
  突然のメール申し訳ありません。個人事業主をしている永井裕一と申します。私事ですがこのたび新規のwebサイトを立ち上げることになり、現在貴サイトで使用されているドメイン「oshirase.com」をお譲りいただきたくメールを差し上げた次第です。もしよかったらお譲りいただけないでしょうか?もしお譲りいただけるならわずかながらですが3万円程度の謝礼を差し上げたいと思います。どうかご検討ください。よろしくお願い致します。  

いまでも

 投稿者:聴講生  投稿日:2008年 5月22日(木)18時40分22秒
   昨日から、何度も何度も小島さんのことが思い出され、先ほどこのHPを見て納得。
5月21日だったのですね。もう4年が過ぎたとは・・。
 この4年間、コンティヌオ譜を弾くたびに小島さんのチェンバロが聞こえてくるよう
な気がしています。迷ったときには、演奏上のアイデアを思い出させてくださいます。
いまでも強い影響を受けつつ弾いています。
 お父さまは、4年前「芳子はこの世界から消えた。」とおっしゃいました。確かに
そうです、あの可愛らしい笑顔を拝見することはできません。でも、一方では
小島さんは生き続けておられ、音となって表れてくださるようです。
 『良くなったじゃん!』って褒めてもらいたいです。
 

小島さんを偲んで

 投稿者:田村輝顕  投稿日:2007年 5月 4日(金)16時34分19秒
  最近フォルテピアノの美しさをしりました。また小島さんという名演奏家
がおられたことをしり愕然とした次第です。なんとかCDを入手したいのでぜひ教えてください。
FPのCDはほんの数枚しか持ってません、シュタイヤーのモーツァルト、インマゼールのモーツァルトのピアノ協奏曲集、バドラスコダのベートーヴェンのピアノ全集(NO1が抜けています)
デームスのベートーヴェン5枚(うち1枚はウィーンのハイリゲンシュタットのベートーヴェン記念館で入手)ヘブラーのハイドンのピアノ曲、メルヴィン・タンのベートーヴェン5枚、、ペパトリック・コーエンのモーツァルト2枚、あとはピアニストからいただいたシューベルトのインマゼールのます、バーネットのフィールドの曲、バッハのロレンツォ・ジエルミによるビオラ・ダ・ガンバソナタなどです。もっとききたいのでどんな情報でもありがたいです。ともあれいまは小島さんの演奏をぜひききたいのです。若松夏美さんとは以前せんだいおあいしました。ちなみに私は74歳です。
 

有松さんの急逝

 投稿者:御室哲志  投稿日:2006年 3月 5日(日)12時52分58秒
  豊田市在住のアマチュアガンバ弾きの御室といいます。
福沢宏さんと一緒にガンバを始め、芳子さんと宏さんには
もっぱらさまざまなガンバ合宿でお世話になっていました。

この3月3日金曜日の朝、有松さんが急逝されたと、
おどろきのメールが駆け巡っています。7日のカトリック吉祥寺教会での
ご葬儀には何をおいても伺おうと思っています。芳子さんのお別れの会の
記憶が鮮明なこの時期に。あの時、有松さんは幹事役でしたね。

ガンバの合宿は通例夏に行われますが、私は季節外れの小さな催しをするのが
楽しみでした。いつしか、5月と11月は岐阜県多治見市の多治見修道院で、
芳子さんと宏さんにチェンバロご持参で来て頂くのが恒例になっておりました。
有松さんも楽しみにされて、必ずいらっしゃってくれました。夜の宴会では
芳子さんが骨折の話を笑い飛ばされて、有松さんがご自宅に酔っ払って
帰って顔面を血だらけにされた話とか。

名古屋の方でガンバコンソートを組むと、私は1番のトレブルを弾くことが
多いのですが、芳子さんや有松さんに入って頂く時は、私が2番で隣で
弾かせて頂くことが多かったです。ガンバを弾いていたからこんな楽しい思い出
があるのですが、ずいぶんと楽しみが減ったなと寂しい思いに駆られます。

多治見での一晩は、芳子さんと宏さんにおねだりして、参加者にだけの
ミニ演奏会をしていただいていました。その時のパーセルが宝物です。
 

残念です

 投稿者:ファン  投稿日:2005年11月28日(月)14時47分3秒
  最近、偶然耳にした小島さんのCDからFORTE PIANOの魅力を知ったものです。早速WEB検索してみたら、もうお亡くなりになって1年以上経つのですね。とても残念です。  

早、一年

 投稿者:P.Sortie  投稿日:2005年 5月26日(木)02時18分47秒
  21日が来て、芳子さんが亡くなって早一年経ちました。
未だに信じられない想いがします。
前の人の書き込みによると納骨を済まされたそうですね。
時間ができたら生田のお墓へお参りしたいと思っております。

演奏している時はいつも芳子さんが側に居てくれて
「そこのところ、何事が起こっているのかそれじゃ分かんないよ」
「今日は良かったね」
などという声が聞こえてくるような気がします。

芳子さんは思い出の中で元気に生きておられます。
これからも、ずっとずっと生き続けてくれるでしょう。
                  合掌

http://www.koidessimo.com/

 

一年は早いですね・・・。

 投稿者:矢口 真  投稿日:2005年 5月21日(土)20時58分27秒
  本日は小島芳子さんの一周忌にあたる一日でした。一年は早いですね。先日納骨もお済みになったとうかがいました。
一周忌を機に、私の運営する「VIVA! BCJ」のリンク集でこのページを改めてご紹介させていただきました。今後も入手不可能になっている音源の再発売などが続くことを祈っています。

http://www2s.biglobe.ne.jp/~bcj/

 

素晴らしいCDをありがとうございました。

 投稿者:はっとり  投稿日:2005年 1月10日(月)13時31分39秒
   本当に驚きました。
正月休みに家族と香港に旅行に行き、たまたま入ったCDショップで若松夏美さんのMozart
のヴァイオリンソナタ(BIS)のCDを購入しました。帰国後さっそく聴いてみましたら、予想通りの素敵なヴァイオリンでした。それを支えるフォルテピアノの輝かしい音色、時に力強く、時にやさしい本当にチャーミングな演奏に聴きほれてしまいました。
インターネットで検索し、YoshikoKojimaが小島芳子さんであることを知り、このサイトに辿り着き、お亡くなりになっていたことを知り、愕然としました。
こんなすごい演奏家がいて、そしてもうこの世にいらっしゃらないという不条理に、ただただ立ちすくむばかりです。
幸い残されたCDがいくつもあるようです。あまりにも遅くやってきた聴衆の一人として、これからもファンであり続けたいと思います。
 

いまTVで見ました

 投稿者:じょう  投稿日:2004年12月19日(日)19時17分7秒
  はじめましてこんにちは。先ほど自宅で夕食をとりながらTVを見ていたのですが
チャンネルをクルクル回していたところ放送大学のチャンネルに釘付けになりました。
"西洋音楽の歴史"という番組で小島さんがピアノをひいていらっしゃいました。
博物館に収まっているほどの凄いピアノを見事にひかれていました。
「ぅゎすごいや、ちからづよくてかっくいー!」と箸を持つ手が止まってしまいました。
そしてお亡くなりになったことがテロップに現れ、
驚きとともに居ても立っても居られずこちらを訪問させていただきました。
あまりクラシック音楽に詳しくないもので印象だけで書き込んでしまい申し訳ありません。
CDが入手可能のようですのでさっそく聴いてみたいと思います。
 

素晴らしい演奏ありがとうございました。

 投稿者:一ファン  投稿日:2004年 9月13日(月)17時59分27秒
  数年前、偶然手にしたベートーヴェンの初期クラヴィーア集のCDを
聴いて以来、密かに、熱烈に応援させていただいていました。
フォルテピアノの瑞々しい音色が生かされた「七つのバガテル」の
愛らしく、美しい演奏。そして、何よりも他のどの演奏をも凌駕する
圧倒的な迫力に満ちた「悲愴」に、胸を打たれました。今回、久しぶりに
ハイドンの作品に触れようとした矢先、インターネット上で、ご訃報を知り、
愕然と致しました。CDの再発大変嬉しいです。芳子さんの残された
素晴らしい業績を今後も繰り返し、体験出来るのは光栄です。
素敵な演奏を残して下さって本当にありがとうございました。
 

芳子さんのCDが再発売ですってね

 投稿者:中村 元  投稿日:2004年 8月31日(火)23時38分2秒
  初めての投稿です。小島順研OBです。表題の情報は皆様すでにご存知かもしれませんが、先ほどamazonのサイトで見つけ、うれしく思ってこちらに駆けつけました。

芳子さんのベートーヴェン『悲愴』を聴いたのは、もう15年くらい前の上野のホールでした。もともと迫力があって大好きな曲(最初に知ったのはイギリスのフォーク・ロック・バンドJethro Tullのライヴ・アルバムLiving In The Pastで)でしたが、芳子さんのピアノ・フォルテは、高ぶっていく気持ちの刻々とうつろう感情のひだが見えるようで、とても感動しました。

CDになったのはずっと知らずにいて「お別れの会」で初めて拝聴いたしました。1階のモニターで見ておりましたので、細かい表現までは聴き取れませんでしたが、上野での演奏がまざまざと蘇って来ました。

その後CDを探したものの、品切れになってしまい、残念な思いをしていたのですが、9月22日に再発売されるそうですね。

ベートーヴェン:初期クラヴィーア作品集
ハイドン:クラヴィーア作品集
どちらも1575円というのがまたありがたい。

たくさん売れて、他の名盤もどんどん重版され出回ってほしいなあと思います。
 

本日、

 投稿者:古谷成通  投稿日:2004年 7月 9日(金)23時22分37秒
  千葉市内の行きつけのCDショップにCDを買いに行った時に、店主から「小島芳子さんが亡くなったのをご存知ですか?」と言われて絶句してしまいました。これまでに彼女のCDのほとんどを購入し、また今から6〜7年ほど前でしたでしょうか、佐倉市民音楽ホールでのレクチャーコンサートの時の演奏に直にふれてこの上ない感銘を受けました。レクチャーコンサートの時の最終回にはメルビン・タンさんが演奏してくれたのですが、私には小島さんの演奏の足元にも及ばないと思えたものでした。あの時の、シューベルトの即興曲(何番だったしら?)の美しさと言ったら・・・。本当に涙をこらえるのに必死でした。自宅でひとりであの演奏を聴いていたなら、間違いなくなみだに頬を濡らしていたのは間違いありません。そうそう、2回目(?)のレクチャーの終わりの時舞台の上に会場の人々が上がって、小島さんの楽器に触れて音を出しても良いという場面がありました。普通なら自分の楽器を他人に触らせるのを嫌う演奏家の多い中、なんておおらかな方だろうと感激しました。その時、ほんのひとことふたこと私は彼女と会話をしましたが、気さくに答えてくださったことが思い出されます。小島さんのこれまでのCDを聞きなおそうと思っています。未購入のCDも全て購入して耳を傾けたいと思っております。小島さん、良い音楽をこれまでありがとうございました。小島さんの演奏・音楽は、あなたの音楽に触れた全ての人々の胸の奥で永久に行き続けます。心からご冥福をお祈り致します。。  

芳子ちゃんへ

 投稿者:旧姓・岩崎直美  投稿日:2004年 6月30日(水)17時26分22秒
  私は、先に書かれた庄司君、鈴木君と同じく中学の同窓生です。
芳子ちゃんとは家も近かった為、学校から一緒に帰った事が何度かあったよね。
とても明るくケラケラとよく笑い、いくつものお稽古事を忙しそうに飛び回っていたっけ。
当時から、細くて華奢だったあなたのどこにあんなパワーがあるのだろう?と感心していました。
英語の発音が良く、先生にいつも指名されては、皆のお手本として教科書を読まされていて、先生が「本当に小島さんの発音はきれいだ」と褒めると、照れくさそうにしながら着席してたね。
私が結婚する時に、手作りのカードを送ってくれた事、本当に嬉しかったです。
芳子ちゃんが、こんなに早くいなくなっちゃうなんて・・・
結婚が早かった私は子育てに忙しく、今まで芳子ちゃんの演奏を聞くチャンスを何度も逃していました。やっと自分の時間が持てるようになって、これからは演奏を聞きに行かれると思っていたのに。
同窓会も仕事の都合で、2次会からしか参加できなかった為、芳子ちゃんに会えませんでしたし、お別れの会にも参加できず、本当にごめんなさい。
あなたが活躍されている事は知っていましたが、こんなに凄い人だったとは・・・
1度も生であなたの演奏を聞けなかった事が悔やまれてなりません。

闘病生活の様子を、読ませて頂きました。
どれ程、辛くしんどかった事でしょう。
そんな中にあっても、常に前向きなあなた。中学当時とちっとも変わっていなかったのですね。
もう頑張らなくていいのですよ。
ゆっくり休んでくださいね。
ご冥福をお祈り致しております。

ご家族の皆様へ。
芳子さんが旅立たれてしまわれて、ご心痛はいかばかりかと、お察し申し上げます。
闘病生活を拝読させて頂きました。
色々と悔やまれる事もおありだとは思いますが、ご自分を責めたりなさいませんように。
芳子さんの分も、ご家族皆様が健やかにお暮らしなられます事を、陰ながらお祈り申し上げます。


 

豊かな演奏に感謝しております

 投稿者:橋本賢一  投稿日:2004年 6月12日(土)01時42分47秒
  Weblogの記事に対して、ご父君より直接コメントをいただきました、橋本賢一と申します。
一愛好家でありますが、演奏に接するたびに、これほど知的でおおらかで豊かな演奏が、日本人の手になるものだということに、歓びを感じていました。残されたCDを耳にするたびに、この音楽は末長く残ることを確信しています。
もうひとつ、私は心身の不調が続いた時期が二年ほどあったのですが、その間にインマゼールのモーツァルトと、小島芳子氏のベートーヴェンをよく聴いていました。全人的な豊かさを感じて、とても助けられました。
ご冥福をお祈りするとともに、「ありがとうございます」という感謝を、ここに書き記させていただきます。
それでは失礼いたします。

http://kenken.tea-nifty.com/nekojikan/

 

故人のご冥福をお祈りいたします。

 投稿者:林 裕希  投稿日:2004年 6月 7日(月)01時32分59秒
  私は仙台で細々とチェンバロを作っております林裕希と申します。
個人的な件で御悔みを申し上げる事が遅れました事をお詫び申し上げます。
御遺族の皆様におかれましては、誠に御愁傷様で御座いました。
私は故人には直接の面識は御座いませんでしたが、
いつかお目にかかりたい演奏家のお一人でありました。
先年、都留音楽祭の直前に怪我をされた、と言う事は聞き及んでおりましたが、
まさかこの様な事になるとは夢にも思わず、
大変にショックを受けている次第であります。
是非とも私の楽器をテストして頂きたかったのに、残念でなりません。
最後になりますが、福沢様に、御力落としの無い様、お伝え頂くと幸いに存じます。
(私のことは覚えてらっしゃらないかもしれませんが)
乱筆乱文失礼いたしました。

http://www.h2.dion.ne.jp/~h-cemb

 

心からご冥福をお祈りします。

 投稿者:小出 信也  投稿日:2004年 6月 5日(土)14時13分54秒
 
小島芳子さん、細い身体のどこからあのようなエネルギーが湧き上がってくるのでしょうか。いつも不思議に思っていました。芳子さんが僕に与えてくださったものはとても大きいです。音楽に対する純粋な心や情熱や思考力や分析力などが、ぼくにとってどれほどの勉強、励みになったか計り知れません。練習の時にはよくもめましたね。正直に言って腹が立ったことも度々でした。しかしもう既に20年以上にもなる最近になってもそれらの一つ一つよみがえってくるのです。そうしてそれらを自分の音楽に取り入れることによって、やっと自分の中で熟成されるように感じるのです。「あぁ、この事だったんだ!」と、感づくので。つくずく喧嘩をしていて良かった、と思います。
 その芳子さんがもう居なくなってしまいました、、、、僕はこれからいつまでも音楽をしながら感謝の気持ちと共に芳子さんを思い出すでしょう。
安らかにお休みになってください。

http://www.koidessimo.com

 

サヨナラ

 投稿者:鈴木伸浩  投稿日:2004年 5月30日(日)03時31分22秒
  先に投稿した庄司さんと一緒に同窓会の幹事をした鈴木です。
何を書けばよいのか、何か伝えることがあるのか?
彼女は今きっと病気の苦痛も無い、愚かな戦争も無いそんな所行ってしまったんでしょうね。
同窓会の時最後に皆で歌った校歌が忘れられない思い出になりました。
どうぞ安らかに.....サヨナラ
 

残念です

 投稿者:庄司直之  投稿日:2004年 5月29日(土)17時19分27秒
  庄司直之と申します。『古楽ポリフォニックひとりごと』に投稿されていた伊藤聖子さんと同じく中学時代の同窓生です。3年生の時には同じクラスで、わたしは小島さんのすぐ前の席に座っていました。

昨年4月の同窓会のクラス幹事をやらせて頂きましたが、手術を終えて出席してくれたんですね。「皆さんどんな顔になっているのか...楽しみですね!」と記された出席のハガキを頂いたのはかなり早かった筈...と思い昨年の資料を引っ張り出したところ、消印が3月5日付になっていました。手術前にこの返事を認め、ご家族に託されたのかと推察します。
返信の期限を過ぎてもも多くの同窓生からハガキが集まらずやきもきする中、「演奏活動や指導者として忙しいだろうに、判断と行動が早いのは変わらないなぁ」と間抜けなことを考えていたのですが。
『お別れの会』でお父様の話を伺い、闘病生活はとても生易しいものではなかったご様子。
手術後のつらい体調の中、同窓会ではそんな風をまったく見せることなく中学時代と変わらぬ笑顔で皆と会話をしていました。わたしも海外赴任から帰国直後、たまたま手にした雑誌で演奏会があることを知り早速聴きに行ったことなど話をさせてもらいました。(まさに今回の『お別れの会』の会場での演奏でした。確か96年夏か秋だったと記憶しています。)
同窓会は昨年4月26日だったのですが、小島さんの誕生日だったんですね...今気が付きました。

それから2ヵ月後の浜離宮朝日ホールでの演奏会は、中学時代の友人や家内と一緒に聴きに行きました。是非聴きに行きますとメールでお知らせしたところ、一番前の席を用意してくれ、じっくりと楽しませていただきました。元気な姿と素晴らしい演奏で、病気が進行しているとはまったく思いもよりませんでした。
その演奏会の後、メールを頂きました。最後に、
『またよろしかったらときどき聴きに来てやってくださいませ。
ほんとうに、感謝してます。
それでは、みなさん体に気をつけて、お元気で!』とありました。

ご主人のご挨拶から、妙にあっけらかんとしつつもいつも抜群の理解力をもって真正面から物事を見て、時に不合理なことに憤り、あらゆる動植物、自然に注意を払っていた、ビートルズと手塚治虫好きの中学の頃の小島さんが思い出されました。
このような心のこもった『お別れの会』に参列することができたこと大変ありがたく思います。

こんなにも才能ある素晴らしい演奏家・クラスメートを、なぜこんなに早く失わなければならないのか悔しく悲しい限りです。
ご家族のご心中をお察しするに、言葉もありません。
こころよりご冥福をお祈りします。
 

お父様へ

 投稿者:杉本浩  投稿日:2004年 5月29日(土)11時11分9秒
  杉本です。では芳子さんのガンバ協会講習会でのエピソードをもう一つ書かせてください。

芳子さんはガンバは年に1回か2回しか弾かないと言っていました。1回は正月に有松君の家でやる恒例のガンバコンソート、2回目があるとしたらガンバ協会の講習会というわけです。ですからあまり練習量が多いとはいえません。しかし芳子さんはコンソート中、絶対に落ちなかったそうです。これは私たちのようなアマチュアには驚異的なことです。

さて何年か前の講習会で芳子さんはW.バードの"Leaves be greene"という5声の曲のトレブルパート(一番上のパート)を弾きました。この曲はガンバコンソートをやる人は誰でも知っている名曲で、また各パートが大変複雑なリズムを持っているので難曲としても有名です。つまり演奏中に必ず誰かが落ち、やり直すという繰り返しになり、なかなか曲が終わらないのです。しかし発表会で芳子さんのグループは最後まで誰も落ちることなく、見事に弾き終わり、万雷の拍手を浴びました。発表会の後、芳子さんのトレブル演奏を誉め、でもちょっと音が小さかったと言ったところ、芳子さんは「だって練習の時は音が大きすぎると言われたんだもん」と不服そうでした。そのふくれた顔もとても可愛らしかったことを思い出します。

芳子さんのガンバについては有松君がもっとよく知っていると思いますので、有松君にもご投稿お願いしたいと思います。

杉本浩
 

(無題)

 投稿者:小島 順  投稿日:2004年 5月28日(金)21時51分46秒
  先の続きです。
私は掲示板というものの経験がなくて,さっきは書きかけで突然発信され,驚きました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(続き)も,一枚も残さなかったのが心残りです。
「お別れの会」に参加して下さりありがとうございます。
私もこれほど心のこもった,そしてセンスがよく素敵な告別式を経験したことがありません。この「お別れの会」は遺族でなく友人たちが作ってくれた会だから,私がいくら誉めても「手誉め」と笑われることはない,と思っています。
600人ほど来て頂いたらしく,外で受付で長く待たせたり,会場に多くの人が入れなかったりしたことをお詫びします。会を作る側でないとすれば,お詫びするのは僭越かもしれませんが。
芳子の音楽を,そして音楽家としての芳子そのものを愛して下さった多くの方々に
感謝します。


 

以上は、新着順1番目から20番目までの記事です。 1  2  |  《前のページ |  次のページ》 
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